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30歳にして退職届を提出してきました。

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令和5月5日に退職届を提出しました。

30歳にしてニートです。現状
次の働く場所は決まっていません。

常識的に考えて30歳でニートなんて言ったら笑われる。

ここで人生の生い立ちを紹介します。

親は高卒と中卒で辛い人生を味わった。
20歳で私が産まれ、周りからバカにされて
質素な生活を続けてきた。

子供に辛い人生を歩んでほしくない、
普通な人生を送ってほしいという思いから
小学生の時に進学塾に通わせてもらって
中学受験を経験しました。

中学校は受験に受からず公立に通い
普通の学生生活を送っていました。

3年生の時に塾に通わせてもらって高校を受験しました。

入学後わずか2か月で中退。

高校を中退したのは約6月の夏前。
サイゼでアルバイトをしながら
大検を取得するための予備校に通っていました。

年に2回ある試験日のために
アルバイトと勉強を本気で頑張りました。

親にアルバイト代は全部渡し、
24時過ぎても勉強をやってました。

高校受験のために通わせてくれた予備校代や
高校入学のお金など散々迷惑をかけたので
アルバイト代を全部渡すのは当たり前なのかもしれないけど
当時の私は辛かった。

自分のせいなのは分かってるけど
どうしてこんな人生なんだろうって
15歳の私にはとても辛かったのを今でも覚えている。

そんな中、お父さんが財布から1万円を取り出して
私に何も言わずくれたの。

膝から崩れ落ちるようにワンワン泣いた。

そして数か月後の大検を受けて
全9科目を突破しました。

調子に乗った私はそのあと
約2年間家出をした。

捜索願を出されていた私は
警察に居場所を特定されて
17歳の春、朝6時頃
警察が私を迎えに来た。

パトカーに乗って実家に向かう。

家に着き、玄関でお父さんとお母さんが待っていた。

2年ぶりに再会した両親が私に言った言葉

「お帰り。」

責めることなく
怒ることもなく
笑顔で受け入れてくれた。

自分の部屋に久しぶりに戻ってみると
ベッドがクレヨンで乱雑に、グチャグチャに
書かれていた。

文字はなく、幼稚園児が書くような
めちゃめちゃな絵に近かった。

それを見てお母さんにこれは何?と聞いたら

「お前が帰ってこないからえりな(妹)が書いたんだよ。」

恥ずかしさ、悔しさ、悲しさ
何とも言えない感情が一気に込み上げてきた。

そしてまた泣き崩れた。

迷惑をこれ以上かけてはならないと
大学受験のために本気で勉強した。

良い大学に入って、大企業に就職して
安定した生活を送り
両親を安心させるって誓った。

毎日12時間、ガムシャラ勉強した。

そしていくつかの大学に挑んだが
合格したのはFランク大学。

当然お父さんは許すわけがない。

土下座をしてもう一度挑戦させてほしいと懇願した。

それでもお父さんは許してくれなかった。

考えてみれば当たり前。
小学生の時に予備校に通わせてもらって
中学生の時も予備校に通わせてもらって
高校入学して2か月で中退して
大検を取得するまでに予備校まで通わせてもらって
色々尽くされている。

そして2年間も家出して
一生懸命勉強したけど大学に受からず
土下座してチャンスをくれだなんて虫が良すぎる。

どうすればいいか、へこんでた時
お母さんが部屋に来て

「私がパートでその分稼ぐから、もう一度勉強しなさい。」

そう言ってくれた母親に私はありがとうと感謝して
少しでも負担を軽くするために
自分もアルバイトで稼ぎながら受験勉強をした。

そうして大学を5つ受験した。

日大、法政、青山、明治、早稲田

どうしても早稲田に行きたかったが受からず
他の大学は合格したものの進学は許されなかった。

じゃぁなんで早稲田以外受けさせてくれたのか
私には分からなかった。

18歳から大学に通う約4年間を大学に通わず
何をすればいいか本を読んだり
趣味を見つけたり
のらりくらりしてた。

そして時間だけが過ぎ、22歳を迎える。

周りは就職していく中、自分だけフリーター。

何がしたいとか、夢とか目標とか
全然なくて本当に何をしてたのか
未だに思い出せない。

そしてまた時間だけが過ぎて26歳を過ぎたころに
就職しないといけないと思い、
不動産営業を行ったり、ネジを作る会社に入ってみたり
色々な職種を経験した。

共通して駄目だなって思ったのは
長続きしないってこと。

すぐ飽きちゃうし、続かない。

もちろんパワハラとか理不尽な要求とか
会社的にも問題はあったと思うけど
そんな人生を選んだのは自分。

受け入れるしかないと思ったけど
そんな会社はおかしいと思い始めた。

3か月で入っては辞めての繰り返し。

これは社会人としても履歴書に傷がつくと思って
次こそは続けよう、ちゃんと社会人を送って
全うな人生を過ごしていこうと
何がしたいのか、どうなりたいのか考えて
ライターとして活動できる広告業の会社に入社した。

学べるところは沢山学んで、
色々なライティングの本を読んで
毎日文章を書き続けた。

書くのは好きだけど、どう書けばいいのか
壁にぶつかるときがくる。

それを教えてほしいと上司に聞いても
私が理解できるレベルで話してもらえない。

指摘されてもどうしてそう書くのか
分からなかった。

書き方には色々あるけど収益を出すためのライティングだから
ブログとは違って難しい。

諦めず仕事をこなしていたが
あることがきっかけで
辞めようと決意。

そして今日、退職届を提出した。

社長が居なかったので後日話すと思うが
なんて言い出すか分からない。

本当に辞められるのかも分からない。

でも辞めたいと思えるほどのことが見つかった。
そしてそれを30歳にして気づいたっていうのは
明らかに遅すぎる。

それを今まで育ててくれた両親が知ったら
どう思うだろうか。

また心配させてしまうんじゃないかって。

本当にごめんなさい。

こんなバカな子供でごめんなさい。

絶対に諦めないからって言っても
説得力のカケラもないけど
諦めずに人生かけて成功して見せるからね。

そんな今日は子供の日

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